染めのこと 大野純子

 

色を聞くー

 

着物を織り始めたのとほぼ時を同じくして、草木染を始めてから20年余りになりました。 その色の美しさ、密やかさ、やさしさ、深さに夢中になり、手当たり次第染めた日々。

 

まだ若くて体力もあり、不遜でもあったので、技術は全く未熟なのに、「こんな色で、こんな柄行の、こんな着物が織りたい。」と思って、目的に合いそうな染料を探しては、来る日も来る日も染めていました。

 

ところが、思い通りにいかないのが草木染であることに気付くのにさほどの時間はかからなかったように思います。一方で、自分の思い描いていた色味と違う色がどれもこれも美しく、草木染には失敗もない事に気付きもしました。

 

色は染めるのではなく、向こうからやって来るようです。 いつしか、目的に合わせて染めるのではなくて、染め色から導かれるものに静かに耳を澄ませ、作品を作るようになりました。    

 


 9月の染料植物 

ススキ(芒、薄)

 

ひと際暑く長い夏もようやく終わり、このところ涼しい日が続きすっかり秋らしくなりました。 

ススキの花穂も出始めました。

 

 

イネ科の植物で昔からよく使われてきたのは、カリヤス(刈安)とコブナグサ(小鮒草)です。 

カリヤスは伊吹刈安とも言われ、この辺りには生育しませんので染料店で乾燥したものを買うしかありません。 

コブナグサはわが家にもありますが、染めに使うほどの群落にはなってはいません。

 

 

一方で、ススキは至る所にふんだんにあって、ケチケチせずにたっぷり使うことができます。 あまりよく染まるとは言えませんが、秋らしい色合いです。 

 

身近に自生している植物を生活の中で自然に利用すればいいと思います。 

染めたいからとわざわざ遠方まで採りに行くようなことはすっかりなくなりました。 

齢のせいもありますか・・・・。


 

 8月の染料植物 

ムクゲ(木槿)

 

アオイ科フヨウ属、韓国の国花でもあります。 

チマチョゴリを思わせるふんわり美しい花です。 

 

同じ仲間のフヨウは花はそっくりですが、葉の形と樹形で見分けがつきます。 

ムクゲは真直ぐ伸び、フヨウは2~3mのこんもりとした株立ちの樹形になります。 

次々に絶えることなく咲いて、子供の頃の夏休みにはずっと咲いていたように記憶していますが、一日花です。 

 

写経用の紙をフヨウで染めたという古い記録があるものの、試してみたところムクゲもフヨウもあまりよく染まる染材ではありませんでした。


 

 7月の染料植物 

クチナシ(梔子)

 

子供の頃によく見かけた一重のクチナシを目にすることはめっきりなくなりました。 

大輪のまるでバラのような園芸種が増えました。

 

 

クチナシの香りは強く、その香りで咲き始めたことが分かります。 秋のキンモクセイと同じです。 香りは一重の方が強いように思います。

 

 

 

 

 

赤く熟した実を使い、古くから赤味の黄色を染める染料として使われてきました。 

衝羽根のような形をしていて、お料理の色付けにも使うのでご存知の方も多いと思います。 栗きんとんや、お新香の色付け、ご飯の色付けにも使われています。

 

 

 

おまけ

朝のウオーキングの時にカラスウリに花を見かけました。 夕方から咲き始めて朝にはつぼんでしまうので,なかなかお目にかかれません。 

 

夕闇の中にポッと白いレースを纏った花はとても幻想的です。


蓮着寺の大ヤマモモ
蓮着寺の大ヤマモモ

 

 6月の染料植物 

ヤマモモ(楊梅)

 

ヤマモモは古くから使われてきた染料で、染料名は渋木と言います。 庭木としてもよく植えられていますが、温暖な伊豆の照葉樹林帯には自生種の驚くほどの大木がたくさんあります。

 

染めには樹皮を使います。

 

 

染めもさることながら、ヤマモモの実もとても美味しいですね。 

ずいぶんと色づいてきました。


 

 5月の染料植物 

ムラサキシキブ

 

熱海に引っ越すまでは、庭木によく植えられ、こじんまりと株立ちしてたわわに紫色の実を付けるものをムラサキシキブと思っていました。 

 

実はこの庭木に使われているのは「コムラサキ」で園芸用に作られたもののようです。

 

 

 

 

 

 

熱海で本家・ムラサキシキブを見た時は少し驚きました。

3m~5mくらいのかなり大きな木になります。 

実はコムラサキのようにビッシリと付かず、少し大きめの実がまばらに付きます。 

葉を落としてからも冬枯れの森で紫の実が残っているのはよく見かけます。

 

 たくさん生えているのでやはり熱海に来てから初めて染めた植物です。 

 

染料としての堅牢度は判らない部分もありますが、私は「地産地消」ならぬ「地生地染」が一番ではないかと感じています。

 

得難い色に憧れて、その土地には育たない植物を入手して染めたとしても本来の色には染まりません。

 

 

 

以前、ウコンを育てて染めたことがありました。ウコンは南の方が自生地です。 

 

もちろん染まりはしますが、ウコンの育つ陽の光の下で染めて干さないと本来の色は出ないばかりか、褪色も激しいのを実感しました。

 

以来、その土地と陽の光の下で育った植物で染めることにしています。 

その方が自然ですし、簡単です。

 

 


 

 4月の染料植物 

カリン(花梨)

 

カリンの可愛らしい花が咲き始めました。 

 

春はバラ科の植物のオンパレードです。

カリンもバラ科特有の美しい赤味の色を染めることができます。 染めには剪定した枝葉を使いますが、落葉樹なので葉の成熟する夏の終わりから秋にかけてが一番かと思います。

 

ゴツゴツしたカチンカチンの黄色い実はご存知の方も多いことと思います。 

昔から咳止め、喉に効くと言われ、私も果実酒を常備しています。 

 

ジャムにするには固いので向かないかと思うと、さにあらず。 切るのに難儀をしますが、香りが高く染めた時と同じきれいな赤い美味しいジャムができます。

 


 

 3月の染料植物 

イタドリ(虎杖)

 

どうして「虎杖」と書くのか、ずっと不思議に思いながらも改めて調べることなく過ごしてきてしまいました。 

やっと真面目に調べてみたところ「痛みを取る」が転じて「イタドリ」となり「虎杖」は漢方薬の「虎杖根(こじょうこん)」からそのまま当て字として使われたようです。

 

染めにはその根を使いますが、なかなか美しい黄色が染まります。 

染料としても優良ですが、私は若いまだ赤味のある芽吹いたばかりのイタドリでジャムを作るのを楽しみとしています。 

タデ科の植物なのでシュウ酸を含み食べすぎ注意ですが、酸味があって野趣豊かなジャムになります。

 


 

 2月の染料植物 

フキ(蕗)

 

アクが強いので染まるだろうとは思っていましたが、想像以上によく染まります。

 

4月になってフキが出回る頃になると葉も大きくなります。 

葉も佃煮にして食べますが、毎度毎度は飽きてしまいますので、染めに使います。

 

今年は寒かったせいか、フキノトウも少し遅めの気がします。 

早春のフキノトウで染めてみたいとは思いはしますが、いまだ叶わず先に口に入ってしまいます。 この美味しさは格別です。


 

 1月の染料植物 

ヒイラギナンテン(柊南天)

 

ヒイラギののような葉にナンテンのような姿。 

似ているような似てないような。 

ナンテン同様メギ科の植物ですが、花はナンテンは梅雨時、ヒイラギナンテンはちょうど今頃蕾を付けています。 花の色は黄緑色で、ご存じない方も多いのですが、是非顔を近づけてみて下さい。早春にふさわしい爽やかな芳香です。

 

花自体はメギ(目木)とよく似ています。 メギは別名コトリトマラズ、ヘビノボラズというように、トゲトゲで鹿の食害の激しい天城の森で生き残っている植物の一つです。

 

ヒイラギナンテンは枝葉を煮出して使います。 

その花を思わせる青味がかった黄色を染めます。

 


 

 12月の染料植物 

アタミザクラ(熱海桜)

 

毎年12月はサクラの染めの季節。 早くもアタミザクラが咲き始めました。

 

アタミザクラは何といっても熱海特有なので、私としても染めずにはいられません。紅梅の芯材や赤味の強い桜で染めると赤味の強い色が染まるといいますが、あまり変わりはないようです。

 

白花のオオシマザクラもこの季節に染めると美しい桜色です。

むしろ季節によって大きく違います。

 

染めには剪定した枝を細かくして使いますが、アタミザクラの特徴的な点はポキポキと折れることです。 ほかの桜は縦の筋が強くて折れずに裂ける感じで、日本の自生種とかなり違った印象があります。

 

寒緋桜系であることは間違いないところだとは思いますが、イタリア人が持ち込んだと伝えられているのも頷ける気がします。


 

 11月の染料植物 

アラカシ (粗樫)

 

日本の色彩感覚はつくづくゆかしく、橡色(つるばみいろ)もその一つです。 

いわゆるドングリで染めた色の事を指します。 

ドングリを付ける木には多くの種類があります。 

アラカシ、シラカシ、ウラジロガシなどの常緑樹、コナラ、クヌギ、クリなどの落葉樹。 植物の違い、使用する部位によって幅広い色相を染めます。

いずれもタンニンを多く含むので、染めは堅牢で古くから使われてきました。

 

自宅付近に多いのはコナラ、アラカシ、アカガシ、シラカシ等で、中でもアラカシは12月近くになっても実を残しています。 実も葉も枝も、すべて染めに利用できます。

 

秋が深くなった静かな夜更け、降り積もった落ち葉にポツリ・・・ポツリ・・・とドングリの落ちる音に耳を澄ませば、心も深と静まります。


 

 10月の染料植物 

クリ (栗)

 

山の先住民と競って食べた栗の実ももう終わりです。

 

クリは捨てるところがありません。

枝葉、樹皮、幹材、落花、イガ、鬼皮、渋皮、すべて染めに利用することのできる優れものです。

 

以前、初夏に咲く花の落花を集めて染めたことがありました。 

1度目の染めの後、染液が冷えるまで一晩置いた翌朝、染液に飛び込んだ虫がいっぱい浮いていてびっくりしたことがありました。 

煮出した染液もクリの花のむせ返るような甘い香りが立ち込めて、虫たちは勘違いしたのでしょう。

 

また、栗の渋皮煮を作る時、渋を抜くために何度か茹でこぼしますが、この茹でこぼした液も捨てません。 紫味の美しい色が染まります。

 

 


 9月の染料植物 

ヌルデ(白膠木)

 

染料としては五倍子(ごばいし)、耳附子(みんぶし)として知られています。 

ヌルデノミミフシアブラムシがヌルデに付いてできる耳のような虫こぶの事で、残念ながら私はヌルデの木に付いた実物の虫こぶを未だ見たことがありません。 ( ↓追記あり ) 

染料店で買うのが普通です。

 

植物に虫が付くと異常な成長をしてできるのが虫こぶです。 

虫から身を守るための成分が多量に含まれるため、それを利用した漢方薬などもあります。 マタタビ酒に用いられるのも虫こぶのできた実の方で、虫こぶというのはなかなか興味深いものです。

五倍子には多くのタンニン分が含まれ、優秀な染料として古くから使われてきました。 

鉄媒染をすると紫がかった鼠色が美しく色も堅牢です。

私はこの五倍子を煮出す時の強烈な臭いが苦手なため、ウルシ科なのでかぶれないよう10月に紅葉した葉を使っています。

 

 

< 追記 >

 

初めて見つけました五倍子。 

耳附子と言った方がしっくりとします。


 8月の染料植物 

サンゴジュ(珊瑚樹)

 

私の生家の生け垣はサンゴジュとネズミモチでした。 

その頃の近所の家々もサンゴジュを生け垣にしているところが多かったような気がします。

植物にも時代によって流行り廃りがあるようで、最近では見かけることがめっきりなくなりました。

 

私は祖父から「火伏せの木」と聞いたことをよく覚えています。 

常緑の肉厚の葉が一年中青々と茂り、火が移りにくいというのがよく分かります。 

真っ赤な赤い実が珊瑚のようで、サンゴジュと言う名であることを知ったのはずいぶんと経ってからでした。

 

染料としてもとても優秀で、実を連想させる赤味の色がよく染まります。

 


 7月の染料植物 

ゼンマイ(薇)

 

春、時計のゼンマイのようにクルクル巻いた若芽を出します。 

お馴染みの山菜・ゼンマイです。

 

食べても美味しいですが、夏の良く育った葉もよく染まる染材です。 

春の若芽の時と夏の成熟した姿とはずいぶん違います。

 

 

春の若芽の芽生えの時には赤茶色の綿毛を被っていて、食べる時はこの綿毛を取り除きます。この綿毛は綿花や白鳥の羽などと一緒に紡いで「ゼンマイ糸」が作られていました。 

今も東北の方では作られる方がいると聞きますが、いわゆる「ゼンマイ紬」もほぼ絶滅危惧種になってしまいました。

 

昔の人は何でも無駄にせず利用していたのですね。 

ゼンマイの綿毛には防虫、防カビ、防水の効果があるそうですが、若芽を守るためにすっぽり被った綿毛の役割はまさにそれなのだと納得します。

 


 

 6月の染料植物 

 

クワ(桑) 

 

ご存知、お蚕さんの主食。 

小さく仕立てられたクワしか見たことがなかったので、熱海で初めて自然の桑の木はこれほどの大木になるかと驚きました。

 

ちょうどクワの実がたわわに実る季節です。 ウオーキングしつつ摘んでは食べ、楽しい季節です。

 

 

果実酒にもしますし、クワの葉茶にもなります。 根は漢方薬となります。 捨てるところはありません。

クワの葉で染める黄色は少し青みがかって、明るい美しい黄色です。 

  


ウツギ(アジサイ科)
ウツギ(アジサイ科)

  

5月の染料植物 

コゴメウツギ(小米空木)

 

科名は違うものの「ウツギ」の名がつく花たちが次々に咲き始めました。 

 

本家「ウツギ」は歌にも謳われていて、「卯の花」と言った方が馴染み深いと思います。

初夏を告げる花です。

 

ツクバネウツギ(スイカズラ科)
ツクバネウツギ(スイカズラ科)
マルバウツギ(アジサイ科)
マルバウツギ(アジサイ科)
コゴメウツギ(バラ科)
コゴメウツギ(バラ科)
ハコネウツギ(スイカズラ科)
ハコネウツギ(スイカズラ科)
コガクウツギ(アジサイ科)
コガクウツギ(アジサイ科)

 

 

 

ウツギもハコネウツギもよく染まりますが、私はコゴメウツギをよく使います。 

 

バラ科特有の赤味の色が染められます。



 

 4月の染料植物 

コデマリ(小手鞠)

 

コデマリの花が咲き始めると春も終盤、初夏の兆しも感じます。 

コデマリは、子供の頃、庭にこんもり大きな塊のような茂みがあって、その下に隠れて遊んだ思い出がよみがえる懐かしい花です。

 

今でも大好きで、剪定を兼ねて染めにも使います。 細い頼りなげな枝なのに、よく染まるバラ科の染材です。

 

 

 


 

 3月の染料植物 

 

モミジイチゴ

 

早春からバラ科の植物はたくさん咲き始めます。 

クサイチゴ、モミジイチゴなどの野イチゴ類、ユキヤナギも咲き始めました。 

もちろんウメ、サクラもバラ科です。

 

経験上、バラ科の植物はたいていよく染まることが分かっていますので、試しにワンサカ生えているモミジイチゴで染めてみたところ、よく染まりました。 

難点はトゲだらけなので、取扱注意ですが、花も密やかに美しく、実が生れば果実酒にしています。