7年目に寄せて

 

2022年5月

 

人、皆等しく分け隔てなく齢をとるのは確かなこととはいえ、気が付けば驚くばかりの齢になったものだと驚いています。

 

 

ありがたいことに、日々を思いのまま気まま、「我が、まま」に暮らしています。 

 

年なりに体のあちこちに不調はあるものの、まあ健康で山歩きを愉しみ、樹々や草花を訪ねています。

 

 

 

家には優しい愛すべきネコが居てくれ、時間と材料が手に入れば、何かしらを保存食や発酵食品を作っています。 

これからの季節、梅仕事が始まりますし、ドクダミのお茶や化粧水の仕込みも待っています。

 

 

 

 

 

これまで30年以上にわたって染め織りをしてきました。

 

 

あれほどまでに好きでもあり、私自身の核でもあった染織ですが、2018年に三島での個展を終えて以来、まるで憑き物が落ちたようにパタリと「もういいだろう」という気持ちになりました。 

 

 

 

 

 

我ながら驚きつつも自分の中では自然に胸にストンと落ち、納得のいくことでした。 もちろん、腰に大きな問題を抱えて重労働の草木染が少々難しくはなったのも事実ですが、それ以上にこの「もういいだろう」という気持ちが大きかったのです。

 

 

 

友人たちからはもう織らないのかとはよく聞かれますが、少し説明は難しいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

よく芸能人、スポーツ選手の中にトップ中のトップのような人がまだ若く絶頂の時にスッパリとその世界から身を引くようなことがありますね。 

比べるのもおこがましいのではありますが、あの気持ちが何となくわかるのです。


 

 

 

 

もう一つ。

 

 

 

 

 

 

私は着物を中心に制作をしてきました。 絹糸から着物が出来上がるまでの工程は信じられないほど多岐多様、そのひとつひとつを自分の手でこなしていくのは大変である一方で面白いことでした。 

 

一反の着尺が織り上がると糊と汚れ落としのために湯通しに出します。 

ここだけは専門家に任せます。 

着物自体も絶滅危惧種の中、腕の良い職人さんも絶滅状態です。

 

私のお願いしていた人は先代のお父さんの仕事を引き継いだ娘さんでしたが、すでに80歳を過ぎ、大病も抱えてもう引退と宣言されてしまいました。 

湯通しで失敗があると長い時間をかけて織りあげた布は台無しになりますし、そんな経験も何度かした上でのやっと行き着いた職人さんでした。 熱海という土地柄、芸者さんの着物を長く手掛けてきたこともあり、腕の良い着物の仕立人も抱えている人でした。 ここが欠けてしまうことは、また一つ私の「もういいだろう」にもつながっています。

 

 

 

 

 

時は過ぎ、

時が来たのだと感じています。

 

 

 

 

 

 

このホームページを開いてからちょうど7年となります。 

「染織作家・大野純子」との看板を下ろした方が良いかなと思いはしますが、これからも私なりの「刻の経糸・大地の緯糸」を織りなりていくことには変わりはないと思います。 

この副題は、ホームページの作成を担ってくれている友人が付けてくれたもので、いたく気に入っています。これは下ろすまい。

 

 

 

これからどう変わっていくのか、いかないのか・・・ 日々の暮らしの中、山歩きの道すがら、はたまた急にまた織りたくなったりするやもしれません。 

 

 

 

 

 

ただ、この先そうそう自由の利く年月も長くはないと思う時、自由に、安易に迎合せず、相変わらず「我が、まま」に、大切なものを守りつつ暮していけたらと願うばかりです。 

 

そんなこんなの日々の経糸、緯糸を織りなしていきたいものと思っています。